昨年現役引退を表明した三浦大輔氏がテレビで今だから話せる話として
FAで阪神に移籍しなかった理由について話されていました。

 

阪神は地元関西で愛着があるし、
親も阪神ファンで親孝行したかったし、
悩み抜いた末での決断だったと。
残留の1番の理由は横浜でもう1度優勝したかったからということ。

 

ハマの番長である三浦大輔氏はもともと大阪市玉造で生まれ、
奈良県育ちの生粋のタイガースファン。

 

実家の花屋さんは現在も玉造で営んでおり、
父親は同じ玉造出身の大スター岡田彰布氏の
後援会の役員をしていました。

 

小さい頃から父に甲子園に連れられ、阪神を応援、
さらに岡田氏とも幼少の頃から面識があり、
岡田氏も近所でものすごい球を投げる少年がいると
阪神の選手時代からよく話しており、
ドラフト指名しなかった阪神に不満を持っていたとか。

 

そんな事情もあり、FAで阪神から誘いが来た時は、
三浦氏も相当嬉しく、相当悩んだそうです。

 

父親も阪神のユニフォームに袖を通してほしいと思っていたようですが、
V脱の影響で親交の深い岡田監督がそのタイミングで辞任してしまい、
そういう影響もあって
三浦氏は
横浜残留を選択したのではないかと思います。

 

岡田監督は2009年も阪神の監督をすることになっていたら、
三浦氏は多分阪神に来ていたと思うと著書で話されており、
親交の深い2人の共演は幻となってしまいました。

 

ファンとしては、
阪神の番長三浦大輔を見たかったですが、
結果としてあれだけ横浜のファンに愛され、
引退する姿を見ると横浜に残留して良かったのではないかと思います。